なぜ「授業への信仰」が生まれたのか

なぜ「授業への信仰」が生まれたのか。その理由を考えたら、実はひと昔前の勉強風景が影響を与えているのかも知れません。そもそも資源のない日本は、勤勉さと高い基礎学力によって高い技術力を生み出し、付加価値をつけました。その結果、経済大国としての現在の地位を築き上げたのです。つまり日本は高い教育水準によって、今があるということです。そして少し前の世代の人たちの授業態度は、今の生徒たちより間違いなくまじめであり大学受験勉強にも真剣に取り組んでいたと思います。「黒板をノートに写すんですか?」「これ覚えるんですか?」などという生徒はいなかったでしょう。多くの人がまじめに勉強し、誰に言われなくても復習をしたと思います。そういう時代が前提となって、現代の教育があるように思われてしかたありません。
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授業、サポート体制よりも講師陣を見る

個別指導塾や家庭教師派遣業者を見て歩くと、次第に目が肥えてきて、満足のいくものがないとか、どれも同じように見えてくるとか、何がなんだかわからなくなったということになるものです。けれども重要なのは個別指導塾や派遣業者ではなく、講師です。教えるのは個別指導塾ではなく講師なのです。ですからそこに一人でも「惚れる講師」がいれば、その講師についていけばよいのです。逆に言うと、どんなに見栄えの良い立派な理念と実績を持っている個別指導塾や家庭教師派遣業者でも、そこに「惚れる講師」がいなければ、我が子はいつか惰性で勉強を続けるはめになります。だから個別指導塾や家庭教師派遣業者等を選ぶ時は、そこの授業、サポート体制よりも講師陣を見て選ぶとよいでしょう。
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大学入試競争の激化

中学高校と同じように大学もベビーブームに備えて、新設あるいは定員増の手が若干打たれたが、対応は遅く焼け石に水で、大学・短大合格率は下がる一方となった。一九八二年に七一パーセントであった大学・短大合格率は、一九九〇年には六三パーセントにまで落ち込む。十人の受験生が大学を受験したら、そのうち三、四人が落ちる勘定である。人口増のピークに達する一九九一年、九二年にはさすがに文部省も世論に押されてか、遅まきながら大学の臨時定員増の手を打ち、合格率の破局的ダウンはなんとか回避されるのだが。しかし、十年にわたる十八歳人口の増加と大学・短大合格率のダウン、つまり大学入試競争の激化は中等教育に取り返しのつかない傷あとを残した。予備校はその最中にあって、中等教育がある意味で瓦解していくさまを、毎年入学してくる生徒の変わりようを通じて目撃していたのである。